2024
12.06

「ライダースクラブ」掲載/日本GP小椋藍インタビュー「チャンピオンを獲得したら……」頂で、何を見るのか

MotoGP, 各メディア掲載記事

Special Interview
小椋藍

「チャンピオンを獲得したら……」
頂で、何を見るのか

小椋藍の行動や決断には、全て、芯が通っている。
2025年にトラックハウスからMotoGPクラスに参戦すると決めたのも、
レースの戦い方も、話を聞けば、「なるほど」とうなずくばかりだ。
けれど、小椋に少しだけ先の話を聞いたとき、
なにかが零れ落ちてきた。
もしかしたらそれは、小椋が追い求めてきたものの正体だったのかもしれない。

モト2か、最高峰か
悩んだ来季の選択

 ピットの中で、小椋藍と向き合った。左には、まだ組み上がっていないマシンが置かれており、メカニックたちが忙しなく作業を続けている。横には小椋のクルーチーフ、ノーマン・ランクがいて、パソコンのモニターをにらみながら何事かを思案していた。ピットの中は、金曜日からの走行に備え、作業する音で満ちている。

 インタビューは、2025年のモトGP昇格の話から始まった。8月15日、モトGPクラスに参戦するトラックハウス・レーシングは、2025年から2年間、小椋藍を起用する、と発表した。小椋はアプリリアのサテライトチームから、モトGPクラスデビューを果たす。

 シーズン序盤に話を聞いたとき、小椋は現在の目標について、「どのカテゴリーでもかまわない。世界チャンピオンです」ときっぱりと答えていた。当時(もちろん現在も)、最も実現の可能性が高いのは、参戦中であり、タイトル争いを展開中のモト2クラスのチャンピオンである。

 しかし、最高峰クラスへのステップアップのチャンスでもあった。今年を逃せば、次のモトGPクラスの契約更新のタイミングは、2年後だ。小椋は相当に悩んだという。

 ただ、見込みはあった。

「シーズンの前半戦を戦えば、後半戦について見えてくる部分もあります。もちろん、全部ではないですけどね。ライバルたちがいて、ライバルのチームがあって、僕たちの状況があって……。総合的に考えて先の見通しを立てたとき、今年は(チャンピオンを獲得できる)可能性が高いように感じたんです。(昇格の)タイミングかな、と思いました」

 ホンダのライダーとしてキャリアを重ねてきた小椋には、最高峰クラスに昇格すると決めたあとも、まだ選ぶことがあった。

 今季はイデミツ・ホンダ・チームアジアからMTヘルメット-MSIに移籍しているが、HRCは2024年について、小椋とスポンサー契約を結んでいる。

 最終的に、自分が得られる情報、つまりリザルトで決めたという。モトGPマシンに乗ったことがない小椋にとって唯一の判断材料だからだ。もちろんこれも難しい選択だった。

「もしホンダに行ったら、日本人なので、2年契約だったとしても少し猶予を設けてくれるかな、と期待できるところもあるじゃないですか。僕はステップアップしてすぐに速いライダーじゃない。自分では時間が必要なライダーだと思っているので」

 2027年の技術規則の変更も考慮した。エンジンの排気量が現行の1000㏄から850㏄へ縮小され、ホールショット・デバイス、あるいはライドハイトデバイスなども廃止、といった新しい技術規則だ。

「長期スパンで徐々に成績を上げていけるほうに行ったほうがいいのか、成績を残せるけど、(パフォーマンス次第で)2年しか約束されていないよ、というほうに行くのか……。その選択も難しかったです。ただ今のリザルトを見ると、2年は長いかな、と。トラックハウスに挑戦してみてもいいかな、と思ったんです」

 つくづく、小椋はどのカテゴリーであろうと、現実的な形でトップを目指すライダーなのだ。

「やりきって5位」
そういうレースがしたい

 今季の小椋は、タイヤマネジメントによって周りがペースを落とすレース後半に強く、それがチャンピオンシップをリードする一つの要因になっている。

 ただ小椋は、「タイヤが減って来たとき用にバイクをセットアップしたことは一度もない」と言う。

「一番タイムが出るマシンを作って、タイヤを持たせるのは自分でやる。バイクにやってもらうという考え方は、僕にはないんです。レースでは、そのバイクで何周最速で帰ってこられるか、ですね。

 金曜や土曜は、ペースしか求めてないです。ペースというとタイヤなんじゃないの、と思うかもしれないんですけど……。8割の力で走っているときにコンマ5秒しか落ちないときもあれば、1秒落ちることもあります。僕は、8割で走っているときにコンマ5秒落ちですむ、という走りをずっと求めています。そういう走りができるときは、調子がいい。逆に遅いときは、何かが間違っていたり、サーキットのどこかを理解していないと思うんです」

 まるで研究者のようだ。いや、実際にそうなのかもしれない。小椋にとっては、レースウィークで積み重ねるそうした極限の模索が、結局のところレースにつながっているということなのだ。

「ずっと限界で走らなければならない状況では、レースは絶対に無理。ちょっと抑えて走った時に、ペースを思ったところに近いもの、〝ちょっと抑えたもの〞にできるか、です」

 これは、このあとの話につながる。

 小椋は、例えプレッシャーがかかる状況があろうと、「置かれた状況で戦うしかない」という。「自分の状況や持っているもの、それを最大限に使って戦うことが巧みですよね」と尋ねると、小椋は「やりきった、と思えるレースが一番なんです」と、力を込めた。

「自分で『やりきった』と思えるレースなら、例えそれが5位だったとしても、そんなに悔しくは……、いや、悔しいですけど……」

「でも、自分を納得させることができるんです。現状を受け入れて、次に、と考えられます。僕は、やりきったうえで5位だったんだな、という受け入れ方をしたいんです」

「だから優勝しても、やりきっていないと不完全燃焼だと感じるレースもあります。でももちろん、やりきって優勝して、ダブルでうれしいレースもありますよ」

 小椋は、走りを追求し続けている。そしていつも、全てを尽くしたレースをしたい、と思っているのである。

 チャンピオン獲得に近づく小椋に、「ちょっと変な質問ですけど」と前置きして、こう尋ねた。

「チャンピオンになったら、自分の何が変わると思いますか?」と。

 少しの沈黙があった。

 重くもなく、軽くもない。言葉が実るための時間だ。

「選手としてこんなことを言うのもおかしいかもしれないですけど」と、小椋は口を開いた。

「一つタイトルがあると、満足感みたいなものが持てると思います。例えば、来年もっとストレスがかかる場面に直面したとき、リラックスできると思うんです。聞こえはちょっとおかしいですけどね。モト2のタイトルを獲ったら、また新たな目標ができる。常に前に前に進むから。でも、どのクラスでもいいから世界チャンピオンを獲りたい、というのが僕の小さいころからの目標でした。そのタイトルがあると、少し、心の余裕が生まれるかな……どんな場面でも。そう思います」

 ほんの一握りのライダーだけがたどり着く、頂。そのとき小椋は、何を見るだろう

AiOgura
2001年1月26日生まれ。2019年に世界選手権Moto3デビューを果たし、2020年はランキング3位を獲得。2021年Moto2にステップアップ。2022年、チャンピオン争いを展開しランキング2位。今季はチームを移籍し、悲願のタイトル獲得を目指す。2025年はトラックハウス・レーシングから最高峰クラス参戦が決定した。

トップ画像©RIDERS CLUB
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ライダースクラブNo608(2024年12月号/2024年10月27日発売)に掲載された、MotoGP第16戦日本GPで取材した小椋藍選手のインタビュー記事を、ウェブ掲載にあたり再編集したものです。
ライダースクラブの記事では、真弓悟史フォトグラファーの素晴らしい写真とともに、記事をお楽しみいただけます。
No608では、小椋藍選手の特集が組まれており、このインタビューのほか、小椋選手を知る方々にも取材した記事が掲載されています。
ぜひ、よろしくお願いいたします。
https://www.fujisan.co.jp/product/2727/b/2582679/